この世界の片隅に
1944年(昭和19年)2月、絵を描くことが得意な少女浦野すずは、広島市江波から呉の北條周作のもとに嫁ぐ。戦時下、物資が不足し、配給も乏しくなる中、すずは小姑の黒村径子の小言に耐えつつ、ささやかな暮らしを不器用ながらも懸命に守っていく。
しかし、軍港の街である呉は1945年(昭和20年)3月19日を境に、頻繁に空襲を受けるようになる。同年6月22日の空襲で、通常爆弾に混ぜて投下されていた時限爆弾(地雷弾[2])の爆発により、すずは姪の黒村晴美の命と、自らの右手を失う。意識が戻ったすずは径子に責められる。
同年7月1日の空襲では呉市街地が焼け野原となり、郊外にある北條家にも焼夷弾が落下した。見舞いにきた妹のすみは、江波のお祭りの日に実家に帰ってくるように誘う。その当日である8月6日の朝、径子はすずと和解し、すずは北條家に残ることを決意する。その直後に広島市への原子爆弾投下により、爆心地から約20キロメートル離れた北條家でも閃光と衝撃波が響き、広島方面からあがる巨大な雲を目撃する。8月15日、ラジオで終戦の詔勅を聞いたすずは家を飛び出し泣き崩れる。
翌年1月、すずはようやく広島市内に入り、草津にある祖母の家に身を寄せていたすみと再会。両親は既に亡くなっており、すみには原爆症の症状が出ていた。廃墟となった市内で、すずはこの世界の片隅で自分を見つけてくれた周作に感謝しながら、戦災孤児の少女を連れて呉の北條家に戻った。
浦野 すず(うらの すず) → 北條 すず(ほうじょう すず)
主人公。1925年(大正14年)生まれ。広島市江波の海苔梳きの家に育った少女。絵を描くことが好きだが裁縫は苦手。呉の北條家に嫁ぐ。働き者だが、おっとりした性格から時折小事件を巻き起こす。次第に物資が乏しくなる戦時下の生活に先行きの不安を感じつつも、夫や北條家の人々を愛し、また愛されながら、知恵と明るさで懸命に乗り切っていく。1945年(昭和20年)6月22日の空襲で右手を失う。人の機微に聡い一面もあり、白木リンと夫の関係性に気付いている。
北條 周作(ほうじょう しゅうさく)
すずの夫。呉鎮守府の軍法会議録事(書記官)。すずよりも4歳年上。昭和18年12月、突然父親の円太郎と浦野家を訪れ、幼い頃に一度だけ会ったことがあるすずに結婚を申し込んだ。生真面目な性格で、親族ら周囲から「暗い」と言われるのを気にしている。すずを愛し、彼女の絵描きの趣味にも理解を持っているが、すずが幼なじみの哲に淡い想いを抱いていることにうすうす気づいている。
北條 サン(ほうじょう さん)
周作の母(すずの姑)。足を痛めているため普段は自宅で安静にしているが、裁縫や精米など、家長の妻として出来ることを最大限頑張っている。優しい性格で、すずに対する言動も慈愛に満ちたものが多い。
北條 円太郎(ほうじょう えんたろう)
周作の父(すずの舅)。広海軍工廠技師。かつてロンドン海軍軍縮会議のため一時解雇されていた。化学が専門のようで、蘊蓄を語り出すと止まらない。真面目かつ温和・冷静で、怒ることはほとんどない。
黒村 径子(くろむら けいこ)
周作の姉で、顔立ちは周作そっくり。元モダンガール。はっきりと物を言う性格で、何事もてきぱきこなす。結婚して家を出ていたが、時計屋を営んでいた夫の病死後、その性格から嫁ぎ先と折り合いが悪くなる。建物疎開によって黒村家が下関に引っ越すことを機に離縁し、娘ともども北條家に戻ってきた。嫁ぎ先に残してきた息子のことを気にかけている。すずにはしばしば厳しい小言を言い、晴美が亡くなった時は逆上したが、やがて右手を失ったすずの身の回りの世話をするようになる。
黒村 晴美(くろむら はるみ)
径子の娘。国民学校初等科への入学を控えている。兄の久夫に軍艦の名前を教えてもらっており、幼いながらすずよりはるかに軍艦の知識に詳しい。母とともに北條家に同居し、すずに懐いている。1945年(昭和20年)6月22日の空襲後、すずと一緒にいたところを時限爆弾の爆発に巻き込まれて死亡する。
黒村 久夫(くろむら ひさお)
離縁した径子が跡取りとして黒村家に預けてきた息子。妹・晴美の入学祝いとして自分が使っていた教科書を送ってきた。
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