第五福竜丸
第五福竜丸 監督:新藤兼人(’59)/宇野重吉【後払いOK】【1000円以上送料無料】 |
昭和29年(1954年)3月1日 午前3時42分、遠洋漁業に出ていたマグロ漁船「第五福竜丸」の23人の船員たちは、ビキニ環礁の辺りで夜空に輝く閃光とキノコ雲を目撃し、空から降ってきた灰のようなものを浴びた。日が経つにつれ、船員たちは肌が黒ずんで体調に異変を感じ始めた。どうやら、ピカドン(原爆)に遭遇したらしいと気づく。それは、アメリカが警告なしに実施した水爆実験だったのだ。
しかたなく漁を中断して、3月14日に焼津港に帰港。船員たちが病院で受診して、原爆症らしいことが判明する。放射能が検出された第五福竜丸の船体は封鎖され、多くのマグロが捨てられる。日本中が大騒ぎとなり、23人の船員たちは隔離病棟に収容され、静岡県知事が全面的な協力を約束する。来日したアメリカの専門家たちは、詳細な情報を教えることに消極的で、日本側をいらだたせる。船員たちは、より良い治療のために東京の病院に移送される。
医者・学者たちが総力をあげて研究と治療に取り組み、船員たちは快方に向かいだす。当時まだ珍しかったテレビを贈られて喜ぶ船員たち。ところが、回復してゆく若い船員たちをよそに、年配の久保山愛吉無線長だけは病状が悪化する一方だった。被曝から半年、ついに久保山は、妻・母・子・船員・医師らに見守られながら息を引き取るのであった。
久保山愛吉(第五福竜丸の無線長):宇野重吉
久保山しず(久保山の妻):乙羽信子
見島民夫(漁撈長):稲葉義男
県衛生部長:永田靖
美波博士:原保美
静岡県知事:小沢栄太郎
助役:殿山泰司
大宮医師(協立病院の医師):永井智雄
熊谷博士(久保山の担当医):浜田寅彦
木下博士(京大教授):千田是也
都目博士:清水将夫
国立第一病院副院長:松本克平
甲賀(写真屋):中村是好
清水一郎
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